SAYONARA  -彼女の気持ち-
 彼に別れを告げた後、私はどこへ行っていいのか分からず夜の街をさまよった。
だけど私の帰る場所は一つしかない。私が生まれ育った家だ。
両親が笑顔で迎えてくれる家。
本当はずっと帰りたかった家。
他に行く所なんかありはしない。
私の居場所はここ以外にない。

 今まで彼のために何回泣いた事だろう。いつも不安でたまらなかった。
私が愛するほどに彼は私を愛してくれてはいない。
そんな事は最初から分かっていたはずなのに、いつも不安でたまらなかった。
彼はわざと私を困らせる。
無理難題を押し付ける。
だけどそれでも彼の望みを全部叶えてあげたかった。それが私の愛し方だから。
なのに私はいつしかため息を覚えるようになった。
それはいったいいつ頃からだろう。
昨日からという気もするし、出逢う前からという気もする。
私が背を向けた時、彼はどんな顔をしていたんだろう。
本当は振り返って見たかった。でも、それをするとまた振出しに戻ってしまう。
それが分かっていたから二度と振り向くまいと頑なに彼に背を向け続けた私。

 私は決して彼の事を忘れないだろう。
彼は私が初めて夢中になった男だから。

 5年前と同じように家の前に立ち、インターホンを押すと中からママがドアを開けてくれた。
「おかえり」
そう言ってにっこり微笑むママ。しばらく会わないうちに年をとったママ。
「おかえり」って言ってもらうのは5年ぶりだ。
この5年間「おかえり」はいつも私のセリフだった。
私は彼を待つだけのつまらない女だった。

 5年ぶりに帰った私の部屋に明かりが灯る。
私はその場に立ち尽くして一瞬動けなくなる。
この部屋はこんなに狭かっただろうか。
もっと広いと思っていたのに、もしかして私の方が大きくなってしまったという事なんだろうか。
彼が買ってくれた洋服も、靴も、枕も、もうここにはない。
でもこの部屋の窓から見上げる空だけはいつまでも変わる事がなかった。
彼も今同じ空を見上げているだろうか。

 窓を叩きつける雨の音が心地よい。
私の変わりに空が泣いている。
あの人がいなければ太陽も昇らない。
でも、本当は知っている。
雨はそのうちやむだろう。
月は私を照らすだろう。

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