視線
 目鼻立ちのくっきりした小ぶりな顔。
サラサラな髪。
豊満な胸。
長い手足。
彼女は完璧だ。完璧にセクシーだ。
男なら誰でもきっと彼女を好きになる。
ただし、僕以外はね。

 授業の間。たった10分の休憩時間。
ガヤガヤする教室の中で、彼と彼女が会話を交わす。
僕の目の前で。僕の席のたった2メートル先で。
学ランを着た男たちは皆彼女を見つめている。
彼も決して例外ではない。しかも彼は誰よりも彼女の近くにいて、ほんの数十センチ先に見える 彼女の目に釘付けだ。
白いカーテンが揺れ、柔らかい春の風が緑の匂いを運んできてくれた。
同じ風が、彼女のシャンプーの匂いを彼の所へ運ぶ。
彼の目尻に笑い皺が見える。キュッと上がった唇からは、白い歯がのぞく。彼の表情は緩んでいる。
彼は時々俯くフリをして彼女の綺麗な足を見つめる。
視線を泳がせるフリをしてブレザーの下で膨らむ彼女の胸を見つめる。
やがて2人を引き裂くチャイムの音が教室に鳴り響き、彼と彼女はやっと離れてそれぞれの席に着いた。

 社会科の先生は、授業中ほとんど喋らない。 ただひたすら黒板に文字を綴っていくだけだ。
定年間近。薄い髪。皺だらけの手。その向こうに並ぶ白や黄色の文字。 黒板の上を走るチョークの音。黒板の文字を書き写すシャーペンのカリカリという音。
それがいつもの、社会科の授業。
皆は今、先生の向こうに見える黒板だけを見つめている。
ただし、僕以外はね。

 僕の斜め5メートル先には、彼の華奢な背中が見える。
淡い茶色の髪も、白い耳も、はっきりと見える。
彼女が黒板に目を奪われている時も、僕はずっと彼だけを見つめている。
数学の授業の時、彼は居眠りをしていた。
国語の授業の時、彼は白いタイルの床に転がった消しゴムを慌てて拾い上げた。
僕は、彼の事ならなんでも知っている。

 男たちは皆、彼女の事が好き。
つまり彼女は、男をヨリドリミドリ。
なのに、よりによってどうして彼なの?
もっと他にかっこいい奴はいっぱいいるのに。
君には見つめてくれる人がいっぱいいるのに。
僕が見つめているのは彼だけしかいないのに。

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