配達されなかった手紙
 今日、動物園へ行ったよ。僕は、たった1人で動物園へ行ったんだ。
僕は今日何もする事がなくて、すごく退屈していたんだ。お昼を過ぎても、ただベッドに寝転がってぼんやりしていたんだ。
でもベッドに寝転がって窓の外の青空を見上げると、急に家の中にいるのがもったいないような気がしてきて、だから僕はたった1人で動物園へ行ったんだ。
でも、どうして動物園へ行ったのか自分でもよく分からない。
1人で出かけるにしても、図書館とか、喫茶店とか、他にいくらでも行く所はあるのにね。

 とにかく僕は動物園へ行って、いろいろな動物を見たんだ。
動物園には、本当にいろんな動物がいたんだよ。
ゾウとか、キリンとか、クマとか、サルとかね。

 今日は5月にしては随分暑くてね、僕はしばらく歩くと汗をかいてきて、木陰で少し休む事にしたんだ。
僕は大きな木に寄り掛かって、芝生の上に腰かけて、そして目線を真っ直ぐ前へ向けた。するとそこには、サル山があったんだ。
今日はすごく暑かったから、サルの動きも少し鈍かったよ。
僕はしばらくそこに腰かけて、ぼんやりしていたんだ。そして10分くらい時間がたつと、だいぶ汗が乾いてきた。
すると僕は急に1人でいるのが淋しくなって、もうそろそろ帰ろうかと思った。
でも、あの時帰らなくてよかったよ。

 僕が帰ろうかな、と思っていた時にね、小さな男の子がお母さんに手を引かれて木蔭にやってきたんだ。
彼は、お母さんと一緒に少し遅めのお昼ごはんを食べに来たみたいだった。
僕と2メートルくらい離れた場所に、彼のお母さんがビニールシートを敷いて、そして彼らのランチは始まった。
彼のお母さんは、髪が長くて綺麗な人だった。 その人は黄色いバスケットの中からサンドウィッチを取り出して、男の子の小さな手に握らせた。
すると彼はそれをパクッと口に入れて、にっこり微笑んだんだ。
彼はまだ小さいから、サンドウィッチもすごく小さかった。きっとお母さんが、彼のサイズに合わせて作ってあげたんだろうね。
彼は小さな頬をふくらませながら、モグモグとお母さんが作ったサンドウィッチを食べていた。
結局彼は、それを3つくらい食べただろうか。
たしか4つ目のサンドウィッチをお母さんが彼に手渡そうとしたら、彼はサラサラな髪を揺らしてもういらない、と言いたげに首を振った。
するとお母さんは4つ目のサンドウィッチをバスケットの中にしまい入れ、そこから別な物を取り出したんだ。
それは、とっても小さなバナナだった。あれはモンキーバナナというんだっけ?

 するとたった2〜3秒前にサンドウィッチを拒んだ彼が、お母さんの手からそれをもぎ取ったんだ。
お母さんは、そんな彼を幸せそうな笑顔で見つめていた。
きっと彼は、バナナが大好物なんだよ。でもまだ小さいから、お母さんはちゃんと彼のサイズに合わせてモンキーバナナを用意していたんだよ。
彼は小さな手でバナナの皮をむき、小さな口をできるだけ大きく開けてバナナにかじりつこうとした。
でも……彼は大きな口を開けたまま、しばらく体の動きを止めたんだ。
彼の視線の先には、サル山があった。
サル山のサルたちはついさっきまで暑くてぼんやりしていたのに、いきなり彼がバナナを持っている事を察知したらしく、物欲しそうに彼を見つめていたんだ。
きっと、真ん中に立っていたのがボスザルかな。その横にいたのが、ボスザルの奥さんだろう。 そして、彼らの周りには小さなサルが大勢いた。
バナナを手にした彼は、サルの群れにじっと見つめられていたんだよ。

 その後、バナナを持った男の子はどうしたと思う?
彼はサル山に背を向けて、急いでバナナを食べちゃったんだ。
きっと、早く食べないとサルに取られてしまうと思ったんだろうね。

 僕はその時、彼に君の姿を重ねて見ていたんだ。
僕は17歳の時に君と離れちゃったから、今の君がどんなふうなのか全然想像がつかない。
でもその子を見た時、こう思った。
君の小さい頃はきっとこんなふうだったんだな、ってね。

 僕はそれから、ずっと彼を見ていた。
もう動物なんか見もしないで、ずっと彼の事を見つめていたんだよ。
頬がふっくらして、手も足も何もかもが小さい彼の姿をね。

 僕はいったい、動物園に何をしに行ったんだろうね。
1人で出かけるにしても、図書館とか、喫茶店とか、他にいくらでも行く所はあったのにね。

 もしかして僕は、小さい頃の君に会いに行ったのかな。
でも今日会った彼は、もう僕の事なんか忘れてしまっただろうな。
もしかして君ももう、僕の事なんか忘れてしまっただろうか。
僕は1人ぼっちだよ。すごく淋しいよ。
本当はすぐにでも、今の君に会いたいよ。

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