共犯者
 1.

 圭は小学校3年の時、僕のクラスに転校してきた。
当時彼はとてもおとなしく、積極的にクラスに溶け込もうとする人ではなかった。存在感がなかったと言えばそれまでだ。
彼が再び転校していくまでの約1年間、僕はほとんど彼と話した記憶がない。

 僕がそんな彼と再会したのは中学へ入学した時の事だった。
同じクラスに彼がいたんだ。
正直驚いた。彼の印象が以前とはガラリと変わっていたからだ。
引っ込み思案だった9歳の少年は精悍な顔つきになり、ちょっときつくなった目には自信と強さが見て取れた。
彼は入学して1ヶ月もすると不良グループの一員になり、髪を金髪に染め、服装は乱れ、授業にもほとんど出席しなくなっていた。
僕はその頃彼が僕の存在に気づいていないものと思い込んでいた。
小学校の時たった1年同じクラスだっただけだし、その間ほとんど口をきいた事すらなかったからそれも当然だと思っていた。
ただ僕は彼をそう悪い人だとは感じていなかった。
それはやはり小学生の時の彼をほんの少しだけ知っていたからだろうか。
第一印象というものはなかなか拭い去れるものではないという事をその頃僕は彼から学んだような気がする。

 僕は彼に対して負い目を感じていた。
彼が転校してきた頃、僕はいつも彼の事が気になっていた。
教室の隅にいつも1人でいる彼を不憫だと思いながらも声をかける事ができなかった。
その事がずっと僕の心の中でくすぶっていた事は自分が1番よく知っている。
だけどその時の彼はもう僕の助けを必要としているような人ではなかった。僕はその事に少し安心していたように思う。

 あの事件が起きたのは2学期が始まったばかりの頃だ。
あの日僕は朝から熱があったのに無理して登校した。
だけど案の定学校で具合が悪くなり、体育の授業を休んで保健室へ行った。
熱を測ると38.5度だった。
保健の先生は少し休んでから早退しなさい、と僕にそう言った。
僕は保健室のベッドに横になり、ゆっくりと目を閉じた。
5分ほどすると先生は用事ができたようで保健室を出て行った。
とても静かでぐっすり眠れた。

 チャイムの音で目が覚めた時には少しすっきりしていた。
僕は起き上がり、教室へ戻って担任の西川に早退するという事を告げた。
皆が給食の準備をしている中、僕だけはかばんに教科書をつめて1人帰る用意を始めていた。
給食のカレーの匂いは今でもはっきりと覚えている。
ふと窓の方へ目をやると彼がけだるそうに外から入ってくる風を待っている姿が見えた。
その時だ。
数人の女子生徒がジャージ姿のままで教室へやってきて西川にこう訴えた。
「先生! 天野さんの財布が盗まれました!」
教室内がざわめいた。
西川は女子生徒たちと共に一度教室を出て行った。

 体育の時間は皆が制服からジャージに着替える。
男子は教室で、女子は体育館のすぐ裏の更衣室を使う事になっていた。
女子更衣室は鍵がかかるわけではなかったから、いつでも誰でも出入りできるようになっていた。
そこのロッカーに入れておいた財布がなくなったという事で西川は全員を教室に集め、犯人をあぶり出そうとした。
「盗んだ者がいるなら今すぐ名乗り出ろ」
教室内は静まりかえっていた。
財布を盗まれた女子生徒は声を殺して泣いていた。
西川は薄くなりかけた頭をボリボリと掻きながら生徒たちを見つめていた。イライラしている時のクセだ。
「今なら許してやる。さっさと名乗り出ろ」
僕はこの西川があまり好きではなかった。その思いはこの後頂点に達する。

 西川は教壇の上から僕らを見下ろしてこう言った。
「体育の授業に出ていなかった者は? 手を上げろ」
体が熱くなるのを感じた。僕は疑われているんだろうか。
ゆっくりと右手を上げた。すると西川が待っていたようにこう言った。
「中村か。お前、どこにいた?」
「保健室にいました」
「そうか。そうだったな」
誤解しないでほしい。問題はこの後だ。西川は圭を名指しして前へ出て来いと言ったんだ。
僕は息を呑んで彼を見つめていた。
彼は顔色一つ変えずに西川と向き合った。
僕はその時もう具合が悪い事などすっかり忘れていた。
「山岡、お前はどこにいた?」
彼は答えなかった。
何を言っても無駄だという事が分かっていたんだ。
西川はもう彼が犯人だと決めつけていた。それは誰の目にも明らかだった。
「盗んだ財布はどうした?」
圭は西川を全く相手にしていなかった。僕はそれがすごく心地よかった。
そう思った瞬間だ。
突然西川が罵声を浴びせながら彼を思いきり殴りつけた。
「お前はクズだ! なんだこの髪の色は! お前が盗んだんだろう? 正直に言え!」
彼は一言も言い返さず、まるでサンドバッグのように殴られていた。
そのうち床の上に血が飛び散った。
僕は思わず立ち上がって叫んでいた。
「先生!山岡くんは犯人じゃない! だって、僕と一緒にずっと保健室にいたんだ!」
西川はやっと圭を放した。
彼は唇に流れ落ちる血を手の甲で拭いながら僕を見つめていた。
僕は頭の中でずっと考えていた。
保健室には僕1人しかいなかった。僕さえ毅然としていれば彼のアリバイは成立する。

 とても気分が悪かった。最悪だ。
僕は給食も食べずにさっさと学校を出た。
体が熱いのは熱のせいか、気持ちが高ぶっているせいか、まるで分からない。
外に出ると日差しが強くてクラクラした。
道端に転がっている石を蹴ってみる。だけどちっとも心のモヤモヤが消え去る事はなかった。

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