バナナのため息
 1.

 彼は甘党だった。だけど、僕以外その事を知らない。
彼は客の大半が女の子であるその店に1人で入る勇気がないようで、いつも友人の僕を誘った。
その店は僕らの通う高校からは少し離れた場所にある、いかにも女の子が好みそうな店だった。
壁が薄いピンク色で、ミッキーマウスのぬいぐるみがお客を迎えてくれる。
メニューはというと、甘い物が苦手な僕にとってはうんざりするようなものばかりだった。
「クレープハウス」という店名のとおりメインはクレープだったけど、その他にもパフェやケーキ、あんみつ、などがずらりと並んでいた。

 その中で彼がオーダーするものはいつも決まってた。
「バナナパフェ」だ。

 最初にここへ来た時、彼はこの「バナナパフェ」について演説をした。
といっても聞き手は僕1人だったけれど。
「俺は昔からパフェを食べ続けてる。今までどれだけ食べたか分からないくらいだ。 でも、バナナパフェなんて出してる店は滅多にないな。 パフェの定番といえばだいたいチョコパフェかフルーツパフェだろ? あってもストロベリーパフェだ。 俺はバナナが好きなんだよ。だからいつもフルーツパフェを食べてたんだけど、あの缶詰チェリーは嫌いだし、フルーツっていっても、キウイとかパインだけでバナナが乗っかってない事もあるんだ。そんな時はがっかりしたな。 でも、この店をみつけてからは安心さ。だって、バナナパフェにバナナが乗ってなかったりしたらサギだろ?」

 僕はその時、ある疑問が頭に浮かんだ。
「そんなにバナナが好きなら、バナナを買って食べればいいんじゃないの?」
もともと甘い物が苦手な僕としては当然の意見だった。
それに彼はバナナについては熱く語ったけれど、パフェには付き物のアイスクリームについては一言も触れなかった。 アイスクリームに関心がないならバナナだけ食べてりゃいいじゃないか、そう思ったんだ。
彼は憮然として答えた。
「俺はサルかよ」

 僕は甘い物が苦手だ。でも、彼とここへ来るのが好きだった。
僕は特別おもしろい人間ではなかった。だけど、どんな理由であれ彼が少しは僕を必要としてくれているっていう事が嬉しかったんだ。
彼は「バナナパフェ」を食べながらたわいのない話をする。 僕はいつもそれにうなづくだけで良かった。ちゃんと自分の役割を心得ていたんだ。

   僕と彼とは全く違った人間だった。
僕はこれといって特技もなければ、身長だって成績だって人並みで、人に自慢できるようなものなんか何一つ持ち合わせてはいなかった。
しかし彼はスポーツ万能で背が高く、男らしくて、しかも端正な顔立ちをしていた。それにお喋りもうまい。
しかも、見かけに反して「バナナパフェ」が好きだなんてかわいいところもある。
僕は彼に憧れた。
その彼がいつもこう言うんだ。
「俺がこんな店でパフェを食べてるなんて事、誰にも言うなよ。絶対だぞ」
ここへ来る事は僕たち2人だけの秘密だった。
秘密を共有するって、すごくいい気分だ。
「なぁ、お前のバナナ食べていい? どうせ食べないんだろ?」
彼はそう言って輪切りにされたバナナを次々と口へ運んでいく。
僕はいつもそのバナナになりたかった。

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