水のある風景
 5.

 良ちゃんは約束どおり帰って来た。
だけど、人形のように動かない。
良ちゃん、どうしたの? どうして黙ってるの? 僕はここだよ。ちゃんとこっち見てよ。
僕は良ちゃんの帰りをずっと1人で待っていたんだよ。
良ちゃんの太陽のような笑顔が恋しくてたまらなかったんだよ。
お願い、こっち見てよ。いつものように笑って。
本当は僕の声がちゃんと聞こえてるんだろう?

 現実を受け入れる事ができない。
だから……だから言ったじゃないか。
悔しい。悔しくてたまらない。僕は良ちゃんを止められなかった。

 ママは彼の顔をじっと見つめて声もたてずに泣いていた。
パパはただ呆然と立ち尽くすだけだった。

 鉄の雨にうたれるのって、どんな感じなんだろう。
良ちゃんはその瞬間、何を見ていたんだろう。
最後に何を思ったんだろう。
ほんの一瞬でも僕の事を思い出してくれただろうか。そうだと信じたい。

 ママは棺の中に1枚の写真を入れた。
雑誌に載ったあの写真だ。僕が1番幸せだった時の、あの写真だ。
あれは……良ちゃんが書いたあのコメントは、彼の遺言になってしまった。

この写真のモデルはテディベアの熊五郎です。
3歳の時からずっと一緒にいてくれた僕の親友です。
そして僕の1番の理解者です。
とってもかわいいヤツです。
いつか僕が死んだ時、彼と一緒に棺に入りたい。
僕にとって熊五郎はそれくらい大切な存在です。

 ママは最後に僕を抱きしめ、そっと彼の隣に寝かせてくれた。
ママはとってもいい匂いがした。
良ちゃんの死は僕の死を意味する。
僕は死んでも良ちゃんのそばにいたい。
だから、これでいい。

 良ちゃんと一緒に眠るなんて何年ぶりだろう。
こんなに近くに彼の顔がある。こんなに近くで太陽の匂いがする。
ねぇ良ちゃん、僕の声が聞こえる?
ずっとずっと一緒だよ。

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