共犯者
 6.

 忘れもしない。それから2日後の午後1時、父さんがいきなり会社から帰って来た。
最初は母さんかと思った。父さんが明るいうちに帰って来るなんて前代未聞だったんだ。
ひどく気まずかった。学校へ行っているはずの時間に僕はのんびりとソファに寝転がってテレビを見ていたんだから。

 「省吾、話があるんだ」
父さんは帰ってくるなりお気に入りの椅子に座ってそう言った。

 とうとうこの時が来たと思った。
僕は覚悟した。ずっと無断で学校を休んでいたんだから怒られるに決まっている。
ところが父さんの話は僕の想像を絶するものだった。
その時僕は初めて父さんと向き合ったような気がする。僕はいつだって父さんの背中ばかりを見つめていた。
「お前の担任の先生から父さんの会社へ電話があった」
今更という気がした。普通はもっと早くそうするだろう。
「滝沢という子を知ってるな?」
知ってるなんてものじゃない。できれば殺してやりたい相手だ。
「滝沢くんは昨日の夜襲われて入院したそうだ」
「え?」
なんだって? まさか。いったいどういう事なんだ。
「滝沢くんっていうのは野球部の子なんだろ? 部活動の帰りに襲われて、金属バットで殴られたらしいぞ」
その時僕は圭が言った言葉を思い出していた。
お前が学校へ行けるようにしてやるよ。
「今日、山岡くんという子が傷害で捕まった。お前はその子と仲がいいのか?」
圭が? 圭が傷害で捕まったって?
やっぱり彼が滝沢をやったのか。彼が言っていたのはこの事だったのか?
体が震えた。まさか、こんな事になるなんて。
僕のせいだ。全部僕の責任だ。
圭がこんな事をやったのは僕のせいだ。僕には彼が行動を起こす事を予想できたはずなのに。それなのに何もできなかった。
「省吾、お前は滝沢くんとうまくいってなかったそうだな」
「……」
「まさか、お前が滝沢って子を襲うようにけしかけたんじゃないだろうな?」
僕は興奮して狂ったように叫んでいた。
「そんな事しない! 僕は絶対そんな事してないよ!」
「本当だな?」

 悲しかった。とても悲しかった。
父さんが心配していたのはそんな事だったんだ。
僕がどうして滝沢とうまくいかなくなったのか、どうして学校へ行かなくなったのか、父さんはそんな事には何一つ触れようとしなかった。
父さんはただ一つの事実だけを見つめて、そこへ行き着くまでのプロセスなんかまるでどうでもいいように思っている。
事件に関わったのが自分の息子じゃなければそれでいいと思っている。
父さんはいつもそうだった。自分の目に見えるものしか信じないんだ。
僕が給食費を盗まれた事さえ、父さんの中では事実とは言えないんだ。
この人は自分の息子を疑ってる。
僕が今何を考えているか。そんな事はどうでもいいと思っている。
この人には僕の心が見えない。僕の声が聞こえない。
「まぁ、滝沢くんも命に別状はないし……」
「あいつ、生きてるんだ?」
僕の言葉に父さんが怪訝な顔をした。でもそんな事はどうでもいい。
「父さん、圭は? 山岡圭はどうなるの?」
「さぁ。少年院へ送られるかもな」
まただ。涙が出てこない。悲しくてたまらないのに、涙が出てこない。

 僕は2階へ駆け上がった。もう父さんの顔なんか見たくもなかった。
ベッドの下に隠しておいた灰皿を取り出してみる。
圭が初めて家へ来た時に使った、母さんの灰皿だ。
窓を開けて下を覗くとそこに圭が立っているような気がした。
太陽がちっぽけな僕を照らしていた。
彼は今頃どうしているだろう。
僕には彼がすべてだった。
どうして学校を休んでいるのかと聞いてくれたのは彼ただ1人だった。
2日前、僕らは確かに同じ空の下で一緒にいた。
あの日あの時、同じ空を見つめていた。

 僕はそれからすぐに父さんと離れて函館へ移り住んだ。母さんの実家だ。
転校した先の学校ではすぐに友達ができた。
もうイジメにあうような事もなかった。
ほんの少し前まで家の中に閉じこもっていた自分が信じられなかった。
圭が言った事は現実になった。
僕はちゃんと学校へ行けるようになったんだ。

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