7.
僕が圭とバッタリ会ったのは大学2年になってからの事だった。
いつかこういう日が来るとは思っていたけれど、いざその時がやってきた時はやはり緊張した。
圭を見かけた時、すぐに彼だと分かった。
髪の色は違っていたしスーツなんかを着込んでいたけれど、それでもすぐに分かった。
彼とは昔バイクで一緒に行ったあの公園で偶然会った。
秋の夕暮れ時、彼はベンチに座って鳩にエサをやっていた。
あの日の事を思い出す。
すぐに声をかけたいのに、なんと声をかけていいのか分からない。
彼が腕時計に目をやり立ち上がった。
その時、目が合った。
6年ぶりに会う彼は随分大人っぽく見えた。
僕が何も言えずにいると彼はゆっくり僕に近づき、ニコリともせず「メシ食おうぜ」と言った。
久しぶりだな、も元気だったか? もなしで、いきなりそう言った。
それから僕らはほとんど口をきかずに歩き、とある中華料理屋へ入った。最近できたばかりのまだ新しい店だった。
僕らは店の奥のボックス席へ案内された。
彼は勝手に適当なオーダーを済ませると、僕にたばこを差し出した。
「吸うか?」
圭は黒いスーツの上着を脱ぎ捨て、テーブルの上に携帯電話を投げ出し、「お前、しばらく見ないうちにでかくなったな」と言った。
何もかもが昔と同じだ。離れていた時間はこの時すでに消し去られた。
「金髪はやめたの?」
「とっくにやめたよ」
「似合ってたのに」
「そうか? じゃあ戻そうかな」
「スーツなんか着ちゃって、見違えたよ」
「マジメに見えるか?」
「ううん。全然」
「バカヤロー」
良かった。圭が笑ってくれた。
彼の笑顔を見た時は心からほっとした。少しだけ胸のつかえがとれた。
その後は話が弾んだ。食も進んだ。
彼は以前よりお喋りになっており、ご飯を頬張りながらずっと喋り続けていた。
「お前と一緒にメシを食うなんて初めてじゃないか?」
「給食を食べたよ」
「あんなもんメシと言えるかよ」
「僕は結構好きだったけどな」
「育ちが悪いな。ろくなもん食ってなかったんだろ」
「そうかも……」
「ガンガン食え。ワリカンだぜ」
「うん」
彼はこの店に何度か来た事があるようだ。勝手にオーダーしたメニューは恐らく彼のオススメで、どれもものすごくおいしかった。
「お前、今何してる?」
「大学へ通ってる」
「大学生か」
「圭は?」
「夜働いてる。この後仕事さ」
「あ、ごめん。誘って悪かった?」
「誘ったのは俺だぜ」
「あ、うん。そうだけど」
「いいから食ってろ。俺ちょっとたばこ買ってくる」
彼が席を立った時、僕はテーブルの上に置き去りにされた彼の携帯を手に取った。
それからそっと番号を控えてそのメモをポケットの中へしまいこんだ。
僕は昔の事を考えていた。
中学の頃、大人たちは皆が彼を不良だと言った。先生たちはそんな彼を苦々しく思っているようだった。
でも、あの人たちはいったい彼の何を見ていたんだろう。
髪の色か? 見ようによっては反抗的に見える鋭い目つきか?
彼はあんな事があった後再会した僕に何も言わない。僕が答えに困るような事を決して聞き出そうともしない。
それは彼の優しさだ。他の人にはないものだ。
僕はずっと彼に会わなければいけないと思っていた。でも、本当は会うのが少し怖かった。
あの時逃げてしまった自分が恥ずかしくてたまらなかった。味方になってくれる彼と一緒にもっと戦うべきだった。
なのに、彼は何も言わない。僕を責めたり嫌味を言ったりする事もない。
僕はそういう彼を尊敬する。
その後僕たちはたわいのない話をしながら食事を続けた。
7時になった時彼がそろそろ仕事へ行くと言うので、僕は勇気を出して彼に問い掛けた。
「携帯の番号を聞いてもいい?」
彼はあっさりと教えてくれた。僕は自分の携帯に彼の番号を登録して、彼と別れた。
外はすっかり暗かった。夜になると少し肌寒い。
僕は再び公園の中を通り、地下鉄の駅へ向かって歩いた。
ふと思い立ち、ついさっき中華料理屋でメモした番号を取り出してみる。次に携帯を取り出し、登録した番号と比べてみた。
やっぱりだ。2つの番号は全然違ってた。
甘かった。
圭はもう僕と関わりたくないと思っているのかもしれない。さっきの笑顔は僕の前で取り繕っている
だけだったのかもしれない。
僕を見ていると昔の嫌な事を思い出すんだろうか。
なんだか泣きたくなってきた。
そうだ。泣けるっていう事はまだ自分に余裕がある証拠だ。
僕はすぐにメモしてあった番号に電話をかけた。後悔したくない。ちゃんと彼に謝りたい。
「もしもし」
彼の声だ。さっきまで一緒だった彼の声だ。
「もしもし、圭?」
一瞬彼が言葉に詰まった。
「ごめんね、圭」
「お前、なんでこの番号知ってんの?」
「さっきメモったんだ。もしかして圭が番号教えてくれないかと思って」
「教えたろ?」
「あの番号ウソだろ?」
「親友のお前にウソなんか言うかよ」
親友。今彼は確かに親友と言ってくれた。
「この番号は仕事用だ。お前に教えたのはプライベートな番号だよ」
「本当?」
「疑い深いな。試しにかけ直してみろよ」
「圭、ごめん。今までごめん」
「何が?」
「圭が転校してきた時声をかけられなくてごめん」
「そんな昔の事言うなよ」
「ずっと謝りたかった」
「いいよ。俺が盗みの疑いをかけられた時、かばってくれたろ?」
「西川があんまりひどいからさ。あいつ、頭から圭を疑って……」
「あれ、俺がやったんだ」
彼はきっぱりとそう言った。
「俺がやったんだ。でもお前がかばってくれた時は嬉しかった」
涙が止まらなくなった。一度にいろんな事が頭に浮かんでは消えていった。
こんな僕を親友だと言ってくれた彼の言葉は宝物だと思った。
「圭、滝沢の事、ごめん。全部僕のせいなのに、僕はあの後逃げた。でも圭の事はずっと気になってたんだ」
「謝るな」
「だって……」
「あれでよかったんだ。滝沢をやったのはお前のせいなんかじゃない。あいつは前から気に入らなかったんだ」
「……」
「お前が元気になってて安心したよ。もう昔の事なんか忘れちまえ。分かったな?」
「圭、また電話してもいい?」
「女みたいな事言うなよ」
「圭は元気だったの? 困ってる事はない? 何かあったらすぐに言って」
「そうだなぁ……」
「何?」
「女紹介しろよ」
「え?」
「お前の行ってる大学にいい女いないのか?」
「分かった。今度圭の働いてる店に連れてくよ」
「うちはホストクラブだぜ」
「ホ、ホストクラブ?」
「名刺渡してなかったか? 俺を指名してくれる女も募集してる。よろしく頼むよ」
「分かった……覚えておく」
「よし、じゃあ切るぞ。メソメソすんなよ」
「うん」
「じゃあな」
電話を切った時、笑顔になっている自分に気がついた。
昔からこうだった。圭はいつも僕に元気をくれる。