12.
兄ちゃんの細い指が1枚の写真を指さした。それは僕が釘付けになっていた写真だった。
「お前ももう大人だから、そろそろ話してやってもいいと思ってな。左側に写ってるのが母さんだよ」
僕はそう言われて、初めて母さんの顔を見た。それまで僕はその写真に写っている2人の女のうち、右側に立つ女の方ばかりを見つめていた。
写真に写っていたのは、女2人だけだった。2人とも笑顔で、真っ直ぐにカメラを見つめている。
僕は2人が着ているスーツに見覚えがあった。 "中山デパートの歴史" という社員向けの冊子の中に載っていた昔の制服だ。
ジャケットの襟が立っていて、スカートはタイトなデザイン。
首に巻いたスカーフは、きっと中山デパートのトレードマークに使用されている赤のストライプだ。
2人の女たちは、若くて初々しかった。写真の背景には、まだ活気があった頃の中山デパートの入口が写し出されている。
母さんは昔中山デパートで働いていたんだ。母さんの隣にいる人もそうだ。そんな事は今まで全然知らなかった。
僕は母さんの顔を知らずに育った。父さんと母さんは僕が赤ん坊の時に離婚して、母さんは僕ら兄弟を父さんの手に託して家を出ていた。
それは兄ちゃんが昔僕に話してくれた事だった。
家には、母さんの写真が1枚もなかった。母さんと離婚した時に父さんが全部捨ててしまったらしく、その事も兄ちゃんが教えてくれた。
この写真は、きっと兄ちゃんが父さんに内緒で隠し持っていた物なのだろう。
兄ちゃんが指さした母さんは、かなりの美人だった。
長い髪に軽いパーマをかけ、目はくっきりとした二重で、唇の形もいい。
そしてぽっちゃりした頬からは愛嬌が感じられる。しかもウエストはきゅっと締まっているし、足首も細い。
「母さん、結構かわいいだろう?」
僕の高鳴る心臓の音が、兄ちゃんの声を遠く感じさせた。
母さんに寄り添って立っている女の人。僕はその人の姿を凝視していた。
母さんよりまだ美人なその人は、長く真っ直ぐな髪を風になびかせていた。
輝くような笑顔。白い肌。柔らかそうな唇。
その人はまるで、小雪さんそのものだった。