エレベーターボーイ
 15.

 「上へまいりまーす」
地下2階で1号機のドアが開いた。お菓子の甘い香りが鼻をつく。
だけど、そこには待ち人が誰1人いなかった。中山デパートは以前のように閑古鳥が常連になっていて、こんな事は珍しくもない。
僕は1日に何度もエレベーターを上昇させ、閑古鳥を最上階へ運ぶ。
僕が福岡から戻ってもうすぐ4ヶ月になる。そして小雪さんとの連絡が途絶えて、もうすぐ4ヶ月になる。
彼女はあれから一度も僕に電話をしてくる事がなかった。そして僕もあれから一度も彼女に電話をする事がなかった。
僕は彼女と会わない間に19歳になっていた。

 別に、どうという事はない。ただ僕は以前の僕に戻っただけだ。
仕事が終わると私服に着替えて社員専用出口から外へ出る。そして真っ直ぐに家へ帰る。
父さんとの関係は相変わらず冷え切っていた。同じ屋根の下で暮らす2人の男たちは、ろくに口を利く事もなかった。
ただ、以前の僕と違っている事が2つある。
1つは、クッションを抱えても泣かなくなった事。
そしてもう1つは、新しい仕事を求めて動き回っている事。

 中山デパートの来客数が減少を続け、とうとうエレベーターを1機ストップさせたのは1ヶ月ほど前の事だった。
エレベーターボーイの数も、3人に減らされた。 客と深い仲に陥ったアイドル系エレベーターボーイ3人は、それぞれ別な内勤業務に回された。
でも僕は、相変わらず冴えないエレベーターボーイを勤めていた。
毎日毎日閑古鳥をフロアへ案内しながら。毎日毎日首を長くして新しい会社の内定を待ちながら。
僕が新しい仕事を探そうと思ったのは、必然的な事だった。だって、ここには辛い思い出が多すぎる。
この仕事を辞めれば、父さんとの関係もきっと少しは改善する。

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