2.
7月末。6人のエレベーターボーイが誕生した。
制服は販売員時代のスーツとは違い、ホテルマンみたいな物に変わった。
ジャケットはスタンドカラーで、シングル。そして金色に光るボタンが縦にいくつも並んでいる。
ズボンの方はジャケットとお揃いの紺色で、外側にグレーのラインが1本入っている。
同じく紺色の帽子には小さなつばがついていた。頭の上にちょこんと乗っかる程度の浅い帽子は、お客さんにきちんと顔を見てもらうためそのような造りになっているらしい。
部長から突然エレベーターボーイとして生きる事を命じられた時は、戸惑いだけが心の中を支配していた。
僕は人と接するのが苦手でそれを克服したくて販売の仕事をしようと思ったのに、エレベーターに乗っているだけの仕事はとても孤独に思えて、あまり気が進まなかった。
だいいち僕はエレベーターボーイという単語をあの時初めて聞いた。
エレベーターガールなら知っているけど、今時デパートでもそんな人たちは見かけない。
気難しい上司たちが対策会議でいったい何故エレベーターボーイを置く事に決めたのか。
その訳がちっとも分からないままに選ばれた6人は厳しい研修を終えた。
だけど仕事始めの日に、対策会議での決定が大マジメである事を僕らは知った。
エレベーターボーイ誕生の日。中山デパート開店1時間前。
1階エレベーターホールの前に集まった制服姿の僕らに眩しいフラッシュが浴びせられた。
僕らにカメラを向けているのは首からパスをぶら下げたプレスの人たちだった。
何も聞かされていなかった僕らは戸惑いを隠せなかった。
しかも地元のテレビ局まで取材に来ていて、僕らはその時自分の請け負った仕事の重大さを初めて知った。
「6人並んで笑ってくださーい」
どこかのカメラマンがそう叫び、僕らは顔を見合わせながら互いの距離を詰めてぎこちなく微笑んだ。
カメラマンの数はあまりにも多くて、その声がどこから飛んできたのかさえよく分からなかった。
あちこちで光るフラッシュに幻惑され、カメラマンたちがどんな様子でいるのかほとんど見えず、ただなんとなく黒い群れが僕らを囲んでいた。
その時はそのくらいの事しか分からなかった。
いつもは閑古鳥しかやって来ない開店時間。
銀色に光る2台のエレベーターの前には、真新しい制服に身を包んだ僕らと、カメラを持った男たちと、マイクを持った女子アナウンサーがいた。
僕は、1号機の担当だ。
銀色のドアが開き、僕が四角い箱の中へ乗り込むと、今までにないくらい大勢のお客さんたちがドドッと僕の後ろへ乗り込んで来た。
真っ白な壁に囲まれた四角い箱は、すぐに満員になった。
「上へまいりまーす」
ドアを閉め、最初の一言を発した時、僕はこの仕事も結構いいかなと思い始めていた。