4.
僕がエレベーターボーイになって、もう1ヶ月以上が過ぎた。
残暑厳しい9月。中山デパートはその頃、残暑以外にも厳しい現実と向き合う事になった。
世間が夏休みである8月は、びっくりするほど来客数が多かった。
エレベーターボーイが客引きに一役買ったのは本当で、連日連日僕らは大勢のお客さんをフロアへ案内した。
8月は店の売り上げが倍増した。特に女性客が増えた事がその結果に繋がったようだ。
でも、エレベーターボーイが珍しくて来店してくれるお客さんは夏休みの終わりと共に去りつつあった。
そして同時に思ってもみなかった現象が中山デパートを悩ませていた。
世間が斬新だと言ったエレベーターボーイの誕生は、短絡的な客寄せの手段だったと陰口を叩かれそうな気配だった。
エレベーターボーイに任命された6人は、若い男たちばかり。
そして僕以外の5人はアイドル並みのルックスを誇っていた。
背が高くて、目鼻立ちがくっきりしていて、いかにも女の子にもてそうな男たちばかりだ。
僕は、6番目のエレベーターボーイだった。
勤務交代の事を考えるとどうしても6人のメンバーが必要だという事になったんだろうけれど、ポンコツデパートに6人目のアイドルはいなかった。
僕はただ若いというだけで選ばれた、いわば補欠のエレベーターボーイだった。
9月最初の土曜日。
僕は地下2階で数人のお客さんを降ろし、上のフロアへ上がるお客さんにいつものように声をかけた。
地下2階は食料品売り場で、1号機のドアが開くと甘いお菓子の香りが鼻をついた。
「上へまいりまーす」
その時エレベーターを待っていたお客さんは10人くらいいただろう。
エレベーターホールには木製のベンチが2つ並べられていて、そこに腰掛けている人が5人くらいと、輪になって立ち話をしている女子高生たちが4〜5人いた。
僕が声をかけるとベンチに座って待っていたご婦人たちが一斉に立ち上がり、ゆっくりと1号機へ乗り込んだ。
僕の顔をチラッと見ただけでまだやって来ない2号機のエレベーターを待っているのは、お揃いの制服を来た女子高生たちだった。
ふん。乗らないならいいよ。
「ドアが閉まりまーす」
僕はご婦人たちが乗るとさっさとドアを閉め、茶髪の女子高生たちを視界から消し去った。
「2階をお願いします」
「3階」
「8階」
「かしこまりました」
僕は背後に聞こえる女性たちの声を聞き、すぐ目の前にある数字の書かれた丸いボタンを押す。
白い壁に囲まれた四角い空間に響いたのは、大人の女性の声ばかり。
1号機のお客さんは、純粋な買い物客だ。
でも、茶髪の女子高生たちは2号機担当のエレベーターボーイが目当てで来店するお客さんだった。
彼女たちは学校が終わる時間になると毎日やって来て意味もなく何度も2号機に乗り込み、せっせとアイドル系エレベーターボーイにちょっかいを出していた。
上司たちはその事に頭を痛めていた。だけど来店してくれるお客さんに「もう来るな」とも言えず、困っている様子だった。
その点、僕が担当する1号機は気が楽だった。
補欠の僕目当てに乗り込んで来るような女の子はいなかったし、落ち着いた大人の女性客は比較的優しい人が多かった。
お客さんをフロアへ案内するのが、僕らの本当の役目だ。
6番目のエレベーターボーイは、仕事を全うしていた。そう、この時までは。