7.
次の土曜日。小雪さんと初めて会った日から1週間後の午後。
突然前ぶれもなく、彼女が1階から1号機に乗り込んできた。
僕は一瞬息を呑んだけど、他にもお客さんを乗せていたからしばらくの間仕事に徹していた。
小雪さんは僕と2人きりになるまでずっと1号機に乗りっぱなしだった。
しかも今日は僕のすぐ後ろに立ち、プレッシャーをかけている。
彼女と僕が2人きりになるまでに、そう長い時間はかからなかった。
中山デパートにはしだいにまた閑古鳥が住み着くようになっていたからだ。
「女に恥をかかせるなんて、ひどい」
背中のすぐ後ろで、彼女の声が聞こえた。それは落胆したような、怒っているような、そんな声だった。
「私は優作くんの好みじゃないの? はっきり断ってくれたら、もうここへは来ないわ」
僕はその時、彼女の本気を感じ取った。落胆したようなその声が、僕に希望を与えてくれた。
「小雪さん、これ」
顔を見ると恥ずかしくなってしまいそうだから、僕は振り返らずに電話番号を書いた紙をすぐ後ろの彼女に差し出した。
僕はなんて臆病なんだろう。
もしかしてからかわれているんじゃないか。僕はそう思っていて、小雪さんが本気だと分かるまでどうしても電話をかけられずにいた。
自分から電話をかける勇気が僕にはなくて、もしも彼女の方から電話をくれたらやっと安心できる。
僕はそんなふうに思って彼女に電話番号を教えた。
背中の後ろで紙の擦れ合う音がする。今彼女はメモ紙に書かれた僕の電話番号を見ているに違いない。
紙の擦れ合う音が止んだ後、僕は突然背中から彼女に抱きつかれた。
女の人に抱きつかれるなんて、生まれて初めての経験だった。
体中が金縛りに遭ったように動かない。背中に小雪さんの温もりをはっきりと感じる。
目だけを動かしてドアの上に並ぶ数字を見上げると、7、8、9、と順番にオレンジ色の光が点滅した。
エレベーターが壊れて停止してしまえばいい。僕はまたそう思った。
「小雪さん、10階に着くよ」
「あとちょっとだけ……」
彼女の声が消え入る瞬間、エレベーターが止まるガクンという衝撃がした。最上階へ着いたんだ。
1号機のドアがゆっくりと開く。フロアの明るい光が四角い箱の中へ少しずつ差し込んでくる。
「し、下へまいりまーす」
金縛りが解かれ、僕の体は自由を取り戻した。
小雪さんはドアが開く直前に後方へ移動したようだった。
僕の背中にはまだはっきりと彼女の温もりが残されていた。
ついさっきまでは体が全然動かなかったのに、僕の心臓は突然大暴れを始め、乗り込んできたお客さんへの案内がしどろもどろになってしまった。