月が見ていた  第1部
 11.

 俺の頭上に月が輝き、俺の足元に月が輝く。
南の町では正月を過ぎても厳しい寒さはやって来ない。
フローリングの床は俺が歩くたびにギシギシと悲鳴を上げる。 最初にこの部屋へ入った時感じたカビ臭さも、今ではもう気にならなくなった。
2つ並んだガラス窓の外は闇。
俺の頭上に月が輝き、俺の足元に月が輝く。
湖に反射して照り返す月の光が、俺の目に眩しく映る。 大きな湖には風が吹くたびに波が現れ、湖面に映る冷たい月を歪ませた。
俺は頭の上に浮かぶ月を見てクリスマスイブの夜の事を思い出した。あれはもう1ヶ月も前の事だ。
昨年のクリスマスイブ。俺は初めて矢萩の住む家へ招待された。 あの夜も、今日のように冷たい月が夜空に浮かんでいた。
矢萩の家は会社から離れた郊外に位置していた。恐らく彼は、静かな環境を好むのだろう。
高台に建つマンションの最上階。見晴らしのいいペントハウス。そこが矢萩智也の住み家だった。
矢萩は家へ帰っても部屋に明かりを灯す事はしない。きっと彼も俺と同じで、暗闇の中にいると思考が冴えるんだ。
広いリビングには暖炉型のストーブがあり、空と繋がるガラスの壁は俺の家と同じだった。
ガラスの壁の向こうには海が見えた。そして右手にはライトアップされた観覧車があった。 俺はそこが彼と行った水族館である事を悟った。
ガラスの壁に向かって2つ並んでいるリクライニングソファにそれぞれが腰掛け、俺たちは仕事の話をした。
あの部屋は暖かかった。暖炉型のストーブの中で燃えたぎる炎が俺たちの体を温めてくれていた。
だがここにはストーブなんかない。早くすべてをやり遂げて車の中で温まりたい。

 リクライニングソファの前には小さなテーブルがあり、その上にはいくつか物が置かれていた。
1枚の書類とある女の全身写真と小さなビニール袋の中に入った注射器と、おもちゃのような拳銃。 テーブルの上に置かれていた物はその4つだ。それらは矢萩から俺へのクリスマスプレゼントだった。
俺はもう彼に遠慮はしなかった。言いたい事は言うし、聞きたい事は聞く。それでいいと思っていた。
「どうやってやるの? 銃で殺すわけじゃないよね」
郊外に建つマンションの優雅なペントハウス。 そこでクリスマスイブの夜に物騒な会話が交わされている事など、俺たち以外に知る由もなかった。
矢萩はちょっと苦笑いをした後、いつもの優しい目を俺に向けた。白い月明かりの下で。
「そんなクラシックなやり方はしない。もう21世紀だぞ。21世紀の殺しはもっとスマートなものさ」
その後矢萩はテーブルの上に並ぶ物を次々と手に取ってその必要性を説明してくれた。
ふと振り返ると、暖炉型ストーブの炎が眩しく俺の目に突き刺さった。

 彼が最初に手にした物は、A4サイズの書類だった。
「ここに書いてあるのは、次のターゲットの情報だ。繰り返し読んで頭に叩き込め。覚えたらそれは、あっち行きだ」
そう言って矢萩は暖炉型ストーブの炎を指さした。 あのストーブの炎は、今までにどれくらいの物を燃やし続けてくれたのだろう。
俺は月明かりだけを頼りに書類の上の文字を目で追った。
そこに書かれた住所はウイングファイナンスのある町よりずっと南の土地の物だった。 住所の他にはターゲットの年齢や身体的特徴などが事細かに書かれていた。
矢萩は俺の頭にすべての情報が叩き込まれるまで沈黙を守っていた。
俺は黒い文字に3回目を通してから書類をテーブルの上に戻した。
「じゃあ、次はこれ。ターゲットの写真だ。100メートル先からでも見分けが付くように、しっかりと記憶しろ」
手渡された写真に写る痩せ型の女には笑顔がなかった。49歳という事だったが顔には皺1つなく、目は小さくて、口は尖っていた。
俺が写真をテーブルの上に置くと、矢萩は次に小さなビニール袋を開封して中に入っている注射器を手に取った。 細く小さな注射器には、透明な液体がぎっしり詰め込まれていた。
「この中に入っている物は、銃弾と同じだ。下手するともっと厄介な物かもしれない」
「中身は何?」
「心臓を止める薬だ。これが致死量だから、一滴たりとも無駄にするな」
やっと話が核心に迫り、俺はしだいに興奮してきた。 俺が彼に1番聞きたかったのは、いったいどんな方法で人を殺すのかという事だった。
でも矢萩は俺とは違って、淡々としていた。
「別に劇薬というわけじゃない。人がよく口にする薬をかけ合わせた物だ。 無色透明で、匂いもない。 死後解剖されて微量の薬物が体内から検出されたとしても、ホトケは風邪薬を飲んでいたという記述が解剖所見に載るだけだ。 それが直接死因に結びついたと疑う者はいないし、疑ったとしてもそれを証明する事はできない。それは俺が保障する」
俺は注射器に詰め込まれた透明な液体の向こうに、月を見ていた。 そして頭に浮かんだ疑問をすぐ口に出して矢萩に問い掛けた。
「どうして薬に詳しいの?」
「俺は外科医だったのさ」
それは、かなり意外な返事だった。彼には黒衣は似合うが、白衣は似合わない。
「昔の俺は、人の命を救う事を生きがいにしていたんだ」
彼の皮肉めいた言い方が今でも耳に残っている。それから、その後の言葉も。

 矢萩の大きな手にかかると、おもちゃのような拳銃が本当におもちゃに見えた。 でも俺には分かっていた。矢萩は決して冗談でおもちゃの拳銃を並べたりはしない。
月明かりの下。カチ、と音を鳴らして矢萩の手が弾倉を開く。 そこには2発の銃弾が込められていた。俺はそれを見た時、体に震えがきた。
俺はリクライニングソファの背もたれに寄り掛かり、彼の手の動きをじっと見ていた。
「それ、本物だよね?」
「もちろん。殺傷能力がある実弾さ。だがこの銃と弾は絶対に足が付かないから安心しろ」
「そうなの?」
「弾は2発。だが決して人に向けて撃つな。脅しに使うのはいいけどな。これを使うと後始末が大変なんだ」
「うん、分かった」
「これは主に自殺用だ。もしお前がしくじっても、俺はかばってやれない。 もうダメだと思った時には自分で決断しろ。辱しめを受ける前に引き金を引け。頭に2発ぶち込めば、まず助かる事はない」
矢萩は拳銃だけは俺の手に渡さず、すぐテーブルの上に戻した。 黒いおもちゃのような拳銃は、月明かりの下で不気味な光を放っていた。


 今俺は、人工的な明かりのない狭い空間にたった1人で佇んでいる。
柔らかいズボンの後ろのポケットにはおもちゃのような拳銃。 そして前ポケットに透明な液体を詰め込んだ注射器をしのばせて。
右側の窓にはり付いて、月明かりだけを頼りに湖の畔に一軒だけあるログハウスを見つめる。
大きな湖と2つの月は、ログハウスに住む女の物。
彼女に足りない物は冷たい体を温めてくれる男の両手のみ。今夜俺は、淋しい女にこの両手を捧げよう。

 遠くの方で車のエンジンの音が聞こえ、やがてすぐ近くでその音が止んだ。
そして約2分後。右手100メートル奥に見えるログハウスの窓に人工的な光が差した。
どうやら今日のターゲットが帰って来たようだ。

 30分後。
俺は周囲に人影がない事を確認し、狭い小屋を出て土の道を歩き、月明かりに案内されながらログハウスへ向かった。 左手に広がる林は時々月明かりを遮ったけれど。
大きくて真四角なログハウスの中には、淋しい女が1人。 彼女は孤独を好んでこの辺りの土地を買い占めたのだろうか。
だがそんな事はどうでもいい。 もうすぐ死んでしまう人間に興味を持ってもしかたがない。
外は弱い風が吹いていた。
俺の頭上に月が輝き、俺の足元に月が輝く。
今宵の月はきっと俺に味方してくれる。俺はそう信じて一歩一歩大地を踏みしめ、彼女を抱き寄せるためにただ歩き続けた。
ログハウスの重いドアにはいつも鍵がかかっていない。 何度もリサーチして確かめたから、それはちゃんと分かっている。
俺は皮手袋をはめた右手をポケットに当て、忘れ物がないかをしっかりと確認しながら歩いた。

 ドアの前に立ち、一度だけ後ろを振り返る。2つの月はまだちゃんと俺を見守ってくれていた。
俺はやがて、ログハウスの重いドアに左手を伸ばした。
このドアは片手で押すには重すぎる。 それでも "何かあった時のためにいつでも片手は空けておけ" という先輩の言葉に従って、ゆっくりと左手だけでドアを押す。
物音に気付いた女が目の前に現れるまで、そう時間はかからなかった。
「何してるの?この辺りは全部私の土地よ。勝手に入ってもらっちゃ困るわ」
ログハウスの住人は半分ほど開いたドアの隙間に立ち、そう言って俺を見上げた。
彼女は湖1つを所有しているとは思えないほどに質素な出で立ちだった。
毛玉がいっぱい付いた黒のセーターに、膝が白くなったジーパン。 オマケに化粧もせず、伸ばしっぱなしの髪が肩の上で跳ねている。でも、49歳という年齢にそぐわず肌だけは綺麗だった。
この時すでに、彼女は俺の手に堕ちていた。
彼女が必至になっていつもの自分を演じようとしているのが分かる。気難しくて変わり者だと陰口をたたかれる自分を。
でも俺にはちゃんと分かっている。 眉間に寄せた皺は作り物。俺を睨み付ける目は、本当は笑っている。
金持ち女は皆同じだ。 皆いつも "私はお金であんたを買ってやったのよ" という態度を崩さずに男をもてあそぶ。
「すみませんでした。実は道に迷ってしまったみたいなんです。 やっと明かりの点いた家を見つけて嬉しくて……あの、市内へ出る道を教えていただけませんか?」
「どこから来たの?」
「あの湖の向こうから」
俺は後ろの湖を肩越しに指さした。するとすぐに彼女は別な人格を演じ始めた。こうなれば話は早い。
彼女は背中に人工的な明るい光を背負っていた。俺がその光を浴びるまで、きっともう時間はかからない。
「車の音がしなかったけど、歩いて来たの?」
彼女の顔から眉間の皺が消えた。
「はい。車を盗まれてしまって」
「まぁ……」
彼女は右手を伸ばして俺の頬に触れた。彼女の手は、とても温かかった。
「体が冷え切っているじゃないの。入って。何か温かい物を用意するわ」
俺を部屋の中へ招き入れる口実。彼女が欲しかった物はそれだけだ。 俺はちゃんと彼女が欲しがる物を与えてやった。もうこれで借りはない。

 ログハウスの中へ足を踏み入れると、広い部屋の中にはうさぎのぬいぐるみがたくさん飾られていた。
棚の上。ソファの上。テレビの上。とにかくいたる所にうさぎの目が光っている。 俺はそのうさぎたちと決して初対面ではなかった。
部屋の中は、俺にとってちょうどいい具合に寒かった。まだ彼女が帰ってから30分。 部屋の中はまだとても暖かいとはいえない。
「座って」
彼女は花柄の布カバーをかけたソファに座るよう俺に言った。ソファには先客がいる。 それはもちろん、首に赤いリボンを巻いたピンク色のうさぎだ。
俺が腰掛けるのを見届ける事なく、彼女は薄いのれんで仕切られたキッチンへ消えた。 俺はソファへは座らず、ゆっくりと彼女の後を追いかけた。
広いリビングに反比例してキッチンの中は狭かった。 流し台と冷蔵庫と食器棚がひしめき合っているような状態だ。
俺が薄いのれんをくぐった時、彼女はオレンジ色の薄明かりの下で食器棚の戸を開け、その中段から白いマグカップとインスタントコーヒーの入った瓶を取り出しているところだった。
俺の背丈より少し低い食器棚の中段を覗くと、茶碗も、皿も、グラスさえも1つずつしかなかった。 彼女は時々ここへやってくる客人に料理を振る舞う事もなく、一緒にお茶を飲む事もないのだろう。
彼女は右手にマグカップを持ち、左手にインスタントコーヒーの瓶を持って俺を振り返った。 そして彼女は薄明かりの下で俺を見上げ、子供を諭すような口調でこう言った。
「どうしたの? 座っていなさい」
俺は彼女が手に持っている2つの物を奪って食器棚の上に乗せ、彼女を両手で抱きしめた。
一瞬、彼女の体が硬直した。でもすぐに彼女は体の力を抜いて俺に身を任せた。 強く抱きしめると、ぶつかり合った彼女の胸の鼓動がどんどん大きくなっていくのをはっきりと感じた。
「こうすると体が温まります。もう少しこのままでいさせてください」
俺はそう言って、更に強く彼女を抱きしめた。
彼女の肩越しに見えるのは、白い電気ポットと水色のうさぎ。赤い目をしたうさぎのぬいぐるみは、ポットの横に腰掛けてじっと俺たちを見つめていた。

 1分ほど時が過ぎ、俺はゆっくりと彼女の背中に回していた両手を離した。 すぐ側で俺を見上げる彼女の頬はピンク色に染まっていた。
「ありがとう。あなたが優しい人でよかった」
俺はオレンジ色の薄明かりの下で、愛しい彼女の顔をじっと見下ろした。
化粧もせず髪は伸ばしっぱなしだけれど肌には艶があり、ほとんど皺のない顔だった。 小さな目は俺をうっとりと見つめ、口は半開きになっている。
「何もお礼はできませんが、コーヒーを入れます。俺喫茶店でバイトしてるから、おいしいコーヒーをご馳走できると思いますよ」
俺が彼女に与えた笑顔は本物だった。 目の前の華奢な女が俺の入れるコーヒーを飲みほしてくれたなら……そうすれば、俺は世界一大切な物を手に入れる事ができる。

 数分後。キッチンの中にインスタントコーヒーの香りがたちこめた。
俺は薄いのれんをくぐって彼女の待つ部屋へと戻る。
彼女はソファに腰掛け、窓の横に置かれたテレビを見ていた。その音量は小さく絞られていた。
俺の右手には白い湯気の上がるコーヒーがたっぷり詰め込まれたマグカップ。 その時もうポケットにしたためた注射器の中身は空っぽになっていた。
俺は湯気の向こうに少女のような彼女の笑顔を見た。 人工的な明るい光に照らされたその髪は白く光っていた。
彼女の足元にはピンク色のうさぎのぬいぐるみが落ちていた。でもきっとそんな事にも気付かないほど彼女は浮かれていた。
俺は彼女の隣に座る事はせず、わざとログハウスの床に膝をついて女王様へ差し出すかのように温かいマグカップを手渡した。
その時の人工的な光。安っぽいインスタントコーヒーの香り。薄茶色のログハウスの床。 その床の上に落ちているピンク色のうさぎ。小さく音を鳴らすテレビ。見上げた彼女の笑顔。 俺はその瞬間の事をずっと覚えていようと思った。
彼女は皮手袋をはめた俺の右手から嬉しそうにマグカップを受け取り、中身のコーヒーを3度に分けて全部喉へ流し込んだ。 俺は彼女の喉がゴクッと鳴るのを確かに聞いた。
「とってもおいしいわ。苦味がいつもと違うみたい」
俺を見下ろす彼女の口がそう言った時、俺は再び本物の笑顔を彼女に与えた。 俺はもうその瞬間から終焉の時を待っていた。
「今度は私がご馳走するわ。あなたは座ってて」
彼女は空になったマグカップを持って立ち上がった。 その時彼女の足はピンク色のうさぎの耳をほんの少し踏んづけていたけれど……きっともう体の感覚が麻痺し始めていて、全くその事に気付かない様子だった。
それでも彼女はしっかりとした足取りで薄いのれんの向こうのキッチンへ向かった。
俺は立ち上がり、彼女の背中を目で追いかけた。
彼女とは、きっとこれが最後になる。"あなたは座ってて" それが彼女の最後の言葉になる。
そう思うとついさっき触れたばかりの背中が愛しい。ついさっき聞いたばかりの胸の鼓動が愛しい。
彼女の胸の早鐘は、もう誰も聞く事ができなくなる。
でも毛玉の付いた黒いセーターが俺の視界から消えても、まだ実感が沸かない。
俺は皮手袋をはめた自分の両手をじっと見つめた。
この手が今、何をやったのか。自分の行いの結果、何がどう変わるのか。
部屋の中はもうだいぶ暖かくなった。木の温もりが、今更ながらに心地いい。
空気中にはまだコーヒーの香りが残されている。俺が彼女に入れた、特性コーヒーの香りだ。
俺は矢萩を信じる。矢萩を信じた自分を信じる。きっともうすぐ矢萩の言った事は本当になる。

 彼女が揺らしたのれんがまだ微かに揺れ続けていた時、その向こうでひどく大きな物音がした。 まるで冷蔵庫が倒れたかのような大きな音だった。
その音と共に、ログハウスの床が大きく揺れた。
例え華奢な人間でも、自分の意に反して倒れるとこれほどの衝撃があるんだ。俺はその夜、その事を学んだ。

 "相手が倒れたら何も考えずにその場を立ち去れ"
これもやはり、先輩の言葉だった。
本当はキッチンへ行って彼女が絶命するのを確かめたい。でもそれは、やってはいけない事だ。
明日の朝、ここへ公共料金の集金人がやってくる。彼女の死を最初に知るのはそいつと決まっている。
俺は人工的な光の下を駆け出した。 今度は両手を使って重いドアを引く。外の冷たい空気が暖かい部屋の中へ容赦なく流れ込んでくる。
ふとテレビの上へ目をやると主人を失った茶色のうざぎと目が合った。 うさぎの目はニンジンのように赤かった。 ナナにとってのニンジンが、俺にとってはうさぎの目だった。
外へ出ると、相変わらず弱い風を感じた。 外の闇が白っぽく見えるのは、人工的な光の幻影が目の奥に残っているからだ。
俺はさっき来た道を最初はゆっくりと歩き、暗闇に目が慣れるとまたすぐに駆け出した。 時々木の枝を踏みつけると辺りにやたらと大きくその音が響き、心臓がドキドキする。
木に囲まれた土の道を駆けて行くと、林の奥から切れ切れになった月明かりが俺を追いかけてきた。
彼女の体温を奪ったせいなのか、走って体を動かしたせいなのか、大きな仕事をやり遂げて興奮しているせいなのか。 理由はよく分からないが、俺の体はすでに温まっていた。
俺は切れ切れになって追いかけてくる月明かりに助けられ、道に迷う事なく車を隠してある場所へ辿り着く事ができた。 その時になってやっと木の葉が揺れるサワサワという音を聞く余裕ができた。
俺の頭上に月が輝き、俺の足元に月が輝く。
今宵の月はきっと俺に味方してくれる。
"簡単だ。人を殺すのは、あまりにも簡単だ"
樹木に囲まれた黒い車の前に立ち、肩で息をしながら心の中でつぶやいた罰当たりな言葉。
俺を照らした2つの月は、そのつぶやきをきっと聞き逃さなかった。

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